飼い犬に顔を噛まれる(その3)

私が泊まったのは相部屋。ドアが開いて誰かが入ってきているのが聞こえるけど、まだ朝相当早いんじゃないの?時計もケータイも何も持たずに来ちゃったから、今何時かわからない。まだ眠いので寝る…。


「グッモーニ〜ング」この部屋での英語は私に話しかけてるってことだ。昨日手術してくれた専門医の先生に起こされた。「気分はどう?」OK、と反射的に答えたものの、寝起きでよくわからない。懐中電灯を当てて先生は縫ったまぶたをチェック。「Good, good.」と一人納得している。手術後の経過は順調らしい。


そうだ!先生が帰る前に聞かなくちゃ。手術前に私のコンタクトレンズ取ってくれた?すると「え?何?コンタクトレンズ?どこに?」パニくる先生。また懐中電灯を当てて「ないよ、ないよ!」と言い張る。ん〜、まだゴロゴロするんだけど、まさかレンズ入れっぱなしじゃないでしょうねぇ。明日はガーゼを取っていいって言うから、あとでチェックしてみよう。


で、先生が「今度病院に来るのはジュンね」と言ったように聞こえた。ジューン?6月?半年後?!「違う、違う。ウェンズデイ(水曜日)…いや、これじゃなくて…」看護師さんがすかさず「サーズデイ?(木曜日)」そうでもないらしい。「サタデイの前の日」あ〜、フライデー!そうそう、あはははは!意見が一致したところで無理やり握手され、先生は去って行った。(実はインドネシア語で金曜日はジュメッ。それを知らなかった私が聞き間違えたのでした。)


また寝てたのに起こされた。「朝食をオーダーできるけど何がいい?スクランブルエッグ?目玉焼き?それともナシゴレン?」起き抜けにナシゴレンって気分じゃないな。目玉焼きとトースト、コーヒーをお願いした。あ、ところで今何時ですか?「7時です。」いったい先生は何時に来たんだ。


しばらくして朝食が運ばれてきた。大きなトレイに、立派な陶器のお皿。ナイフもフォークもしっかりしたものだ。いいんだけどさ、片手は点滴につながれてて使えず、フォーク1本持つのも重く感じるくらい。バターのパックすら片手じゃ空けられない。食欲はあるのに食べられない。コーヒーだけ飲んでまた寝る。


点滴がつながっているほうの手首が痛んで目が覚めた。見ると血が逆流!これ、どうしたらいいの?朝食の大きなトレイの向こうにある内線電話に手をのばして連絡。あ、点滴って英語でなんていうんだ?
ともかく看護師さんはすぐ来てくれた。お供を連れて。2人のお供はとても心配そうに私を見て「犬に噛まれたんですって?」「自分で飼ってる犬なの?」みたいなことを言っている。今朝一度会っている看護師さんは「彼女は日本人なのよ」と説明している。オラン・ジパン=日本人。それくらい私にもわかるさ。夜勤の人から“飼い犬に噛まれた日本人が215に入院してます。”なんて引き継がれてるのかしら。


もう10時まで待てないと思ったので、看護師さんに頼んでポールに電話をかけてもらう。8時半のことだ。“ずいぶん前から起きてたよ”って声だけど、絶対に寝てたな。30分で行くから!と言って電話は切れた。


なのに来ない。朝食を下げられそうになった。狂犬病の注射も済ませた。もうやることない。早く来てくれ〜。しかし遅すぎる。事故にでもあったかと思っているとガチャリとドアが開いて「トモコー」と低い声が聞こえた。これはポールじゃない。ジェフだ!2人が病室に入ってきて、私は一気に元気になった。そして1番お願いしたかったこと…トーストにバター塗って!


ポールとジェフはずいぶん前に着いてたらしいんだけど、先に会計を済まそうと思ったら、すごい金額を提示されて、2人でこれは何だ?これとこれはどう違うんだ?ってカウンターを叩いていたらしい。おかげさまで納得する金額まで下がったんだとか。交渉した2人がすごいのか、金額が変わる病院がいい加減なのか。


ポールは昨夜の予告どおりに着替えと歯ブラシを持ってきていた。電話で退院できるって言わなかったっけ?でも着替えて、歯も磨いて気分スッキリ。さぁ、家に帰ろう!人生初の入院は、まぁそんなに不便でも苦痛でもなかったけど、やっぱりしないにこしたことはないな。